映画『サウンド・オブ・ミュージック』実話との衝撃の違いと現在

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映画『サウンド・オブ・ミュージック』実話との衝撃の違いと現在
映画『サウンド・オブ・ミュージック』実話との衝撃の違いと現在
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🎵 映画『サウンド・オブ・ミュージック』実話との衝撃の違いと現在

1965年の映画公開から半世紀以上が過ぎた現在も、世代を超えて世界中で愛され続けるミュージカル映画の金字塔『サウンド・オブ・ミュージック』。息をのむほど美しいオーストリア・アルプスの大自然、心躍る名曲の数々、そしてナチス占領下の祖国を脱出する一家の結束を描いたドラマは、今なお色褪せない感動を与えてくれます。

しかし、この物語のベースとなったマリア・フォン・トラップの自伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』と映画の間には、劇作家たちの大胆な脚色によって生まれた「驚くべき事実の改変」がいくつも存在します。厳格な大佐と朗らかな家庭教師というおなじみの構図、ハラハラさせられる緊迫の山越え脱出劇、さらには名曲誕生の裏側まで、名作の裏に隠された知られざる真実に迫ります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:映画クライマックスの険しいアルプス越え脱出はフィクションで、実話の一家は列車に乗って堂々と合法的に出国していた。
  • 要点2:厳格な軍人の父と優しいマリアという人物像は正反対で、実際はマリアが気性の激しい実権派、大佐は心優しい父親だった。
  • 要点3:主演ジュリー・アンドリュースの歴史的功績に加え、7人の子役たちの現在や劇団四季による日本版舞台の独自性も徹底検証。

【実話との違い】山越え脱出は映画の脚色?トラップ一家の本当の結末

多くの観客が手に汗を握った映画のクライマックスといえば、ザルツブルク音楽祭の表彰式を抜け出し、追っ手をかわしながら修道女たちの助けを得て、徒歩でアルプスの山を越えスイスへと逃れるシーンです。しかし、歴史的事実を検証すると、実際のトラップ一家は山を登って脱出したわけではありません

ザルツブルクの地理を知る人にとって、映画のルートは大きな矛盾を抱えています。ザルツブルクのすぐ南にそびえる山を越えると、たどり着くのはスイスではなく、ヒトラーの山荘があったドイツ領のオーバーザルツベルクです。現実の歴史において、一家は1938年、演奏旅行という名目を整えたうえで、自宅裏の駅から白昼堂々と列車に乗ってイタリアへと向かいました。当時、一家の父ゲオルク・フォン・トラップ大佐は旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍の英雄であり、出生地がイタリア領となっていたため、家族全員が合法的にイタリアの市民権を取得できたのです。

イタリア到着後、一家はロンドンを経由して船でアメリカへ渡航。現地でトラップ一家合唱団として本格的なコンサート活動を展開し、バーモント州ストウに広大な土地を購入してロッジを開業しました。映画のような命懸けの逃避行こそありませんでしたが、ナチスの台頭に屈せず、富も名声も故郷も捨てて新天地へ旅立った一家の決断そのものは、歴史に残る勇気ある行動でした。

【人物像の真相】厳格な父と朗らかなマリア?実際の一家は真逆だった

映画『サウンド・オブ・ミュージック』では、妻を亡くして心を閉ざし、笛で子どもたちを軍隊式に統制する厳格なゲオルク大佐と、自由奔放で歌を通じて家族に温もりを取り戻すマリアという対比が鮮やかに描かれました。しかし、トラップ家の子どもたちが遺した回想録によると、両親の実際の性格は映画とほぼ正反対でした。

実在のゲオルク大佐は、ユーモアにあふれ、子どもたちと一緒になって楽器を演奏し、家族を心から愛する穏やかな紳士でした。一方のマリア・フォン・トラップは、過酷な孤児院育ちで情緒の起伏が激しく、感情が高ぶると怒鳴り散らしたり物を投げたりすることもある強烈なエネルギーの持ち主でした。家庭の実権を握り、子どもたちをプロのコーラスグループへと鍛え上げたのもマリアの強力な牽引力によるものです。

さらに、二人の結婚の経緯も映画とは大きく異なります。映画では互いに深く惹かれ合って結ばれますが、実話のマリアは当初、大佐に対して恋愛感情を持っていませんでした。大佐からのプロポーズに戸惑ったマリアは修道院長に相談し、「神の意志であるなら」と子どもたちの母になることを選んだと自伝で明かしています。後にマリアは「結婚した当初は大佐を愛していなかったけれど、次第に深く愛するようになった」と述懐しています。

【名曲一覧と背景】「ドレミの歌」日本語詞の秘密と「エーデルワイス」の真の意味

作曲家リチャード・ロジャースと作詞家オスカー・ハマースタイン2世の黄金コンビが手掛けた楽曲群は、いまや人類の共有財産と言える美しさを誇ります。

劇中歌の中でも日本人に最も馴染み深いのが「ドレミの歌」です。英語の原詞では「Doe, a deer, a female deer(ドは鹿、雌の鹿)」と、各音階に似た英単語を当てはめる言葉遊びになっています。これに対し、ペギー葉山が手掛けた日本語詞は、「ドはドーナツのド、レはレモンのレ」と、子どもたちが身近な食べ物や物象で直感的に音階を覚えられるよう見事な意訳が施されました。ペギー自身が本場ブロードウェイで舞台を観劇し、帰国後に「日本の子どもたちが親しみやすい歌詞を」と考案したこの日本語訳は、音楽教科書に掲載され国民的童謡として定着しました。

もう一つの代表曲「エーデルワイス」には、胸を打つ作詞秘話が存在します。オーストリアの古くからの民謡と誤解されることが多いこの曲ですが、実際にはミュージカルのために書き下ろされた完全なオリジナル曲です。作詞を担当したオスカー・ハマースタイン2世は、当時すでに末期がんに侵されており、本作のボストン試演中に急遽追加されたこの曲が彼が遺した生涯最後の詞となりました。高山にひっそりと咲く白い花に祖国の平和と誇りを重ね合わせたこの歌は、亡びゆく祖国への鎮魂歌であり、ハマースタイン2世の命の叫びでもあったのです。

【キャストの現在】ジュリー・アンドリュースの輝きと7人の子役たちの歩み

主演のマリア役を務めたジュリー・アンドリュースは、映画公開の前年に『メリー・ポピンズ』でアカデミー主演女優賞を獲得し、本作でその人気を不動のものとしました。1997年に喉の手術を受けたことで往年のクリスタルボイスを失うという悲劇に見舞われましたが、その後は女優や児童文学作家として活躍。90歳を迎えた現在も、その気品ある佇まいと知性で世界中の映画ファンから敬愛されています。

一方で、愛らしい演技で世界中を魅了したトラップ家の7人の子役たちの足跡は、映画界の光と影を映し出しています。

長女リーズル役を演じたシャーミアン・カーと、次女ルイーザ役のヘザー・メンジーズは、ともに後年がんにより惜しまれつつこの世を去りました。長男フリードリヒ役のニコラス・ハモンドはその後も俳優・脚本家としてキャリアを築き、クエンティン・タランティーノ監督の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に出演したことでも話題を呼びました。次男クルト役のデュアン・チェイスは俳優業から退き、地質学者・ソフトウェアエンジニアへと転身。三女ブリギッタ役のアンジェラ・カートライト、四女マルタ役のデビー・ターナー、そして末っ子グレーテル役のキム・カラスもそれぞれの道を歩み、節目ごとに公の場へ集まっては「映画が結んだ本物の家族」としての友情を確かめ合っています。

【舞台と吹き替えの系譜】劇団四季版の熱気と歴代声優の至芸

映画の枠を超え、舞台作品としての『サウンド・オブ・ミュージック』も日本で独自の進化を遂げてきました。その筆頭が劇団四季によるミュージカル公演です。劇団四季版は映画版ではなく、ブロードウェイ初演の舞台台本を基に忠実に演出されており、楽曲の登場順やシチュエーションが映画と異なります。例えば「もうすぐ17才」や「すべての山へ登れ」など、より演劇的な文脈の中で歌われるナンバーは、生演奏の迫力とともに観客の心を揺さぶり続けています。

また、日本のお茶の間に本作を浸透させた功績として、テレビ放送時の吹き替え声優陣の存在を外すことはできません。マリア役には、知性と気品を兼ね備えたレジェンド声優の武藤礼子をはじめ、ミュージカル界の至宝である島田歌穂、元宝塚トップスターの大地真央らが名を連ね、それぞれの世代で最高峰のマリア像を提示してきました。ゲオルク大佐役にも若山弦蔵や前田吟といった重厚な名優が起用され、日本語吹き替え版そのものが一つの芸術作品として高く評価されています。

【聖地巡礼】オーストリア・ザルツブルクを巡るロケ地のいま

映画の冒頭、マリアが両手を広げて歌い上げるアルプスの草原や、歴史ある古都の街並みは、60年以上の時を経た今も世界中から観光客を引き寄せています。撮影の舞台となったオーストリア・ザルツブルクには、数々のロケ地が現存しています。

「ドレミの歌」の舞台となったミラベル庭園のペガサスの噴水やバラ園の階段は、観光客が必ず訪れる定番スポットです。また、トラップ邸の外観として使用されたレオポルツクロン宮殿の湖畔テラスや、子どもたちが木登りをした美しい並木道など、映画のワンシーンがそのまま切り取られたかのような景色が広がっています。劇中でリーズルとロルフが愛を歌った白いガラス張りの東屋(ガゼボ)は、現在ヘルブルン宮殿の庭園に移設され、世界中のファンが訪れる記念写真の聖地となっています。

【サウンド・オブ・ミュージック】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:名曲「エーデルワイス」はオーストリアの伝統的な民謡ではないのですか?
A1:オーストリアの民謡ではなく、ブロードウェイの作詞作曲コンビ(ロジャース&ハマースタイン)がこの舞台のために創作した楽曲です。作詞者オスカー・ハマースタイン2世の絶筆となった名曲であり、あまりの完成度の高さからオーストリア古来の歌だと信じている現地住民も少なくありません。

Q2:実在のトラップ一家の子どもたちは映画と同じ7人だったのですか?
A2:実在した子どもたちは、前妻との間に生まれた子が映画と同じ7人(ただし性別や名前の順序は変更されています)、そしてマリアと大佐の間に生まれた子が3人おり、最終的に合計10人の子どもたちがいました。合唱団としてアメリカで活動した際も、この10人の子どもたちが舞台に立ちました。

Q3:なぜ実話と映画でこれほど設定が変わったのですか?
A3:エンターテインメントとしての劇的な効果を高めるためです。堅物な軍人が音楽を通じて心を開くドラマや、ナチスの追っ手からアルプスを越えて脱出する緊迫感は、ハリウッド映画としての興行的な成功を目指して脚色されたものです。原作者のマリア自身も一部の過剰な脚色には苦言を呈していましたが、映画の成功が一家の名を世界に知らしめた功績は認めていました。

まとめ:時代を超えて輝き続ける『サウンド・オブ・ミュージック』の真価

名作『サウンド・オブ・ミュージック』の背景を丹念に紐解くと、映画的な脚色によって生まれたドラマチックな展開と、激動の20世紀をたくましく生き抜いた実在のトラップ一家の真実の重みが、それぞれ異なる輝きを放っていることが分かります。

映画が描いた「家族の愛と希望の歌」は、史実との違いを超えて今も私たちの胸を打ちます。圧政に屈することなく自らの尊厳を守り抜いた人々の意志、そして困難な状況でも歌を口ずさむ人間の力強さ。スクリーンに刻まれたそのメッセージは、混沌とした時代を生きる私たちに、いつの時代も変わらない勇気を与え続けてくれます。 (出典: サウンド オブ ミュージック(Yahoo!ニュース)

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